2016/02/11

人はどの色より緑の中で最も目が利く



サトルさんが、自分で作った平屋の模型を手にして、
「土壁の家を作るぞ、その辺りの子どもたちを集めて、皆で壁をパンチするんだ
土壁は空気を抜くことが大事だけな」
と熱のこもった調子で話していたのはかれこれ10数年も前の話だと思う。
私は当時、今よりももっと夢見る少女で、その話を聞くたびにワクワクしたものだ。

10数年して、サトルさんは初めて”夢の土地”を案内してくれた。
雨上がり、山土がぬかるむ日に、私はお気に入りの緑色の靴でこの場所を訪れたことを
やや後悔している。靴を洗うのはあまり好きな作業ではない。

杉の木がぎっしりそびえ立つ、日向の少ない小道。
螺旋状に続く小道を辿って行くと、
空が高く開けた土地があった。
平屋を建てるであろう場所の周りを取り囲むように
柿の木やレモンの木、名前のわからない柑橘の木が植えられている。
サトルさんの現実的な説明を聞きながら、
もし自分がここで暮らすとしたらと想像すると、真っ先に熊のことが不安になった。

「ここは熊は出るか?」
「ここは出らせん」

けれど山は繋がっている。
街灯もなにもない山の中で、暗闇に人間が住む恐怖が私を襲う。
もし熊が出てきたら、私はその時、勝てるだろうか
何を武器に戦う?
フライパンで顔に一撃するのか

そんなことを考えていたら、山の奥に大好きな藤の花が見えた。
柔らかい藤色は、恐怖を一瞬にして持ち去って行った。